前立腺癌の治療法について:
 前立腺癌の治療法には手術、放射線治療、ホルモン治療があります。手術としては開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット支援腹腔鏡手術があります。手術支援ロボットを用いた腹腔鏡下前立腺全摘除術は、従来の腹腔鏡手術と比べ複雑かつ細やかな手技が可能で、3D画像により正確な画像情報が得られることとあわせて、安全かつ負担の少ない手術です。前立腺全摘除術は癌の根治性とともに、手術後の尿失禁や性機能障害が大きな問題となりますが、ロボット支援手術ではこれらの点について手術手技的に有利であると期待されています。ダ・ヴィンチ手術システムは、日本では平成21年11月に厚生労働省より医療機器として承認され、また、ロボット支援前立腺全摘除術は平成24年4月に保険適応となりました。執刀はダ・ヴィンチ手術システムのライセンスを受けた日本泌尿器科学会専門医が行います。

手術の方法について:
 両側の脚を開いた「砕石位」という姿勢で、更に頭を30度近く低くした頭低位という姿勢で行います。手術時間は概ね約4-5時間かかります。まず腹部に手術で使用する鉗子を通すポートといわれる通り道を設置します。ポートの切開穴は5-12 mmで、全部で6カ所必要です。設置したポートや鉗子をダ・ヴィンチ手術システムに接続し手術が始まります。
 手術は前立腺前面から側面を剥離して膀胱と前立腺の間を切開し、精嚢および精管の切離をしてから前立腺背面の直腸との間を剥離します。つぎに、残った尿道を切断して前立腺を摘出し、引き続いて膀胱と尿道を吻合します。最後に、骨盤リンパ節を摘出します。手術終了前には尿道にバルーンカテーテルという管を、腹部にドレーンという排液管を留置します。

ダ・ヴィンチ手術システム(Intuitive Surgical社ホームページより転用)
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手術の合併症について:
 手術中・手術直後に起こる合併症は、通常の手術同様に出血の可能性がありますが、輸血を要することは非常に稀です。腹腔鏡手術は二酸化炭素ガスにより腹腔内を拡大させて手術を行うため、二酸化炭素が皮膚の下にたまったり、陰嚢が膨らむ皮下気腫が起こりますが、これは数日で自然に吸収されます。また、非常に危険な合併症のひとつである二酸化炭素が血管の中に入って肺の血管に詰まるガス塞栓がきわめて稀に起こることがあります。つぎに、周囲臓器の損傷として1~2 %の頻度で直腸、尿管が損傷することがあります。これらは通常手術中に修復できますが、術中には損傷が分からずに術後に判明することもあります。直腸損傷では稀に一時的な人工肛門が必要になることがあります。また、周囲臓器損傷にかかわらず、通常の手術同様に術後創感染や肺炎が起こることもあります。
手術を安全に行うため、腹腔鏡手術では操作が難しい場合、コントールの困難な出血や臓器の損傷などの合併症やきわめて稀に起こりえるダ・ヴィンチ S 手術システムの不具合のために従来通りの手術方法である開腹手術や腹腔鏡手術に変更する場合があります。
 手術後に起こる合併症は、前立腺全摘除術に特有な膀胱と尿道の吻合部から尿が漏れる吻合不全があります。吻合が不十分な場合は、通常術後5-7日目に抜去する尿道バルーンカテーテルを長めに留置しておく必要があります。また、リンパ節摘除を行った場合はリンパ液が漏れてリンパ嚢腫を作る場合がありますが、これも注意が必要です。通常は放置して問題ありませんが、嚢腫が大きくなり骨盤内の静脈を圧迫したり、細菌感染を起こした場合は嚢腫内のリンパ液を抜く必要があります。つぎに、手術中の頭低位の姿勢が原因で術後に肩や腕、下肢に痛みがでることがあります。特に下肢はコンパートメント症候群といわれる重篤な状態になることがあり、手術時間が長かった場合は特に注意が必要です。
 上述したように術後5-7日目には尿道バルーンカテーテルを抜去します。抜去した際、9割以上の方が尿もれ(尿失禁)を経験しますが、その内のおよそ9割の方は術後3ヶ月以内に改善します。
前立腺癌の手術は、原則として両側の勃起神経を前立腺と一緒に切除するため勃起障害が起こります。しかし、勃起障害予防のために癌の状況や患者さんの術前の希望により勃起神経を切除せずに前立腺を摘出(勃起神経温存手術)することも可能です。
 術後長期間経ってから起こる合併症としては、膀胱と尿道の吻合部が狭くなる尿道狭窄や創部および鼠径部のヘルニアや腸閉塞などがあります。

術後の経過ならびに退院後の予定について:
 入院期間は10日から14日程度です。手術翌日から飲水や歩行が可能です。術後5-7日目を目安に膀胱造影のレントゲン検査を行い、膀胱と尿道の吻合不全がなければ尿道バルーンを抜去します。摘出した前立腺は病理検査に提出し、癌の広がり具合や悪性度を確認します。この結果により術後にホルモン療法や放射線外照射などの追加治療を行う場合があります。追加治療が必要ない場合でも退院後は約3カ月毎にPSAを測定し、再発や転移の有無を観察します。